Marmalade-bomb


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武装探偵社に参加要請が来るのは、
異能者が関わっている案件だからというのが、秘されてはいても最優先される理由であり。
市警や県警といった公的な官憲機関はもとより、
シビリアンコントロールを基本貫くとしつつも、根幹には武力あってのと称される軍警でさえ、
その多種多様で凶暴な能力には手を焼くし、
何より公的にその存在を認知していないうちは 対処法とて書面への記録は憚られるためで。

 *あの未曽有の災害、阪神淡路大震災が発生した折、
  兵庫県からの災害派遣要請という正式な手続きがなかったがため、
  自衛隊が “勝手に”出動できなかったという逸話がある。
  すぐの直近で被害が出ているのは明白で、どんなに歯がゆくとも、災害への手助けでも、
  武装した身の彼らは、輸送ヘリやハマーなどという装備を操って そうそう勝手に動いちゃあならない。
  これもまた、世にいう“シビリアンコントロール”の一端なのだ。

なので、真偽怪しき都市伝説扱い、人知を超えた彼らの能力を
公式的に国が…内閣や政府が認めていない以上、
内務省異能特務課が何とか踏ん張って現実との誤差を埋めて補填しているのが現状なのであり。
武装探偵社はそんな色物部署のそのまた手先扱いの把握をしている高官も多かろう。
だが、此処ヨコハマでは少々そのバランスも微妙なものと化す。
というのが、その配下に 多数の“異能力者”を抱えている犯罪組織が跳梁跋扈しているからで。
メリケンサックを装備した拳や、ナイフや密輸拳銃を操るのみならず、
突然指先に炎を灯したり、周囲に散らばる小石を疾風の勢いで飛ばせたり、
自身の身を鋼鉄ばりに堅く出来たり、触れたものの動きを封じてしまえたり、
何なら 瞳を覗き込んだ相手の身を好きに操れたり、数秒先の光景を見ることが出来たり。
そんな異能を自在に操るがため、
警棒や銃や楯といった通常の武装が利かない難敵がぞろぞろ出てくる土地柄とあっては、
そんな存在は実在しない、寝言は寝て言え…なんて おためごかしを言ってる場合じゃあない。
そこで ここ一番に頼りにされるのが、武装探偵社だという順番なのである。


問題の商社のヨコハマ支社が拠点とする社屋ビルでの爆発は、単なる擬装ではないようで。
探偵社が入るそれと高さは似たような規模ながら、もっと頑健そうな作りなはずの支社ビルは、
各所で火が上がったらしく、あちこちの避難経路が炎や黒煙に包まれている。
宵とあって終業時間は回ってもおり、真っ当な社員だろう事務員らはほぼ退社後であったようだが、
一階の管理室から飛び出してきた、某警備会社のガードマンらの言によれば、
支社長や幹部らは此処を半分自宅のようにしていて夜明かしすることも珍しくはないらしく。

「“商品”の保管庫も兼ねているのなら無人にして空けるわけにはいくまいし、
 市街地の真ん中だ、足場として重宝していたんだろうな。」

とはいえ、誰だって命あっての物種、
幹部たちとやらは煙に巻かれてだろう大慌てで次々飛び出してきてもいて。
其奴らは今夜突入予定だった軍警の機動部隊の皆様が、移送車で取り巻く格好で待ち受け、
そのまま流れ仕事のようにして次々身柄確保に運んでおいで。
中には“何の罪だよ、令状はあんのか”とごねる輩や
隙をついて逃走しようという顔ぶれもいるが、そっちは彼らに任せておけばいい。

「正面と裏から突入。
 非常階段は荷物や何やで塞がってて使えないから、
 万が一にも出てくる奴があったってそうそうすんなりとは降りられない。
 こっちも所轄に監視しといてもらおう。」

内部は文字通りの火事場で、一体何が起こっているかは全くの不明。
監視カメラは昼頃から電波障害のため映像収録は為されていないというから、
その辺りから工作員が入り込んで伏せている可能性も大きい。

「国木田と谷崎は正面、太宰と敦は裏から入れ。」
「はいっ。」
「行くよ、敦くん。」

指揮を執るのは乱歩で、
消火活動や所轄の活動の邪魔にならぬよう、
且つ、社としての表立っての動きを把握されぬよう、
やや離れた裏道に停めたボックスカーにて突入班からの情報を収拾。
万が一に備えては、賢治が車外で眼を光らせていて、運転席には与謝野女医。
車の後方、表通りへの出入り口側の監視には鏡花が立っているという布陣。
一般人のやじ馬やスクープ狙いの記者らも通さぬよう、一応の規制線は張られているので、
こんな寂れた裏道をこそりと通るのは、問題の貿易商の関係者か、

 「ポートマフィアの構成員ってとこだろうねぇ。」

自分たちと彼ら、その在りようや活動における根幹指針以外で大きく違いがあるとすれば、
何と言ってもその構成員の数だろう。
この広い広いヨコハマという街のいたるところに目を光らせ、
歯向かうもの裏切るものへ容赦ない報復に及ぶ、絶対的な恐怖をまといし存在は、
闇夜に落ちた針の音さえ拾えるほどの布陣を抱えており、
しかもその先鋒、武闘派戦闘員らには様々な異能者がいる。
ただでさえ血と暴力の非合法集団であるというに、その迫り方が得体の知れぬ“異能”によるなんて、

 “理解や慣れのないものには、冗談抜きに魔物の集団でもあろうよね。”

だがだが、こちらにも有能な異能者はいるし、
狡知、もとえ巧知に長けた顔ぶれも抱えており、
人海戦術がものを言う 長期にわたるよな大戦争ならともかく、
このような集中戦では負ける気がしない。

 たとえ相手に、マフィア屈指の異能者を揃えられているとしても。





上着を脱いで来た方がよかったか、いやいや何が降って来るやもしれない現場なだけに、
炎からの輻射熱防御のため、薄手のジャケットを着たまま突入に及んだ虎の少年。
顔近くへ腕をかざし、鼻や喉を庇ってしまうほどに、噎せ返るような熱風が吹き荒れ、
時折、何が燃えてか いやに揮発性のある異臭もする中。
居残っている人影はないかを見回しつつ、太宰と分担して各部屋を確認していたその視野の先、
何かを探していたにもかかわらず、その足が止まった“何か”を見つけ、
戦意と警戒と、わずかながらの戸惑いを染ませ、敦がついつい立ち止まる。

 「…っ。」

電算機やサーバー死守のためか、電源の配線はよほどに強固なのだろう、
最低限の、脱出経路を示す照明がほのかに点いており。
三階にあたる階層の広めの廊下の只中に、
様々な建材が周囲へ燃え落ちるのを苦にもせず、
赤々と燃え盛る焔を背に、仁王立ちする人影があって。

「先へは行かせぬ。」

このビルは途中で階段が途切れていて、
此処を通過しないと階上へはいけない造り。
招かれざる存在の上層階への直行を妨げるため、
いかにも含むもの大有りな 後ろ暗い社ならではな工夫であろうが、
それを見越した上で、いっそ活用してやろうという配置か、
関のような存在として、
後から突入してきた武装探偵社を妨害すべく立ちはだかっていたのは

「芥川っ。」

これまでにも、そう、微妙な停戦状態の中にあっても、
時折 任務上の標的がかぶれば それは真剣に相手を睨み据え、
本気で薙ぎ倒さんと対峙してきた それぞれの組織のホープ格同士であり。
芥川は気を抜けば刺すぞ殺すぞという殺気全開の攻撃を繰り出すし、
敦の側も側で、殺しはしないが気を失って戦意喪失するまでという、
結構すさまじい臨界内で丁々発止の格闘を繰り広げ、
その結果というか余波という格好で、互いの能力を高め合っている間柄。
殺されてはたまらないし、追い抜いて逃げるという選択肢をとっても、
その追い足はなかなか止まってはくれない相手なので、
敦としてはその場へ叩き伏せるしかないのではあるが。

 『相手が強ければ強いほど難儀な選択だよねぇ。』

後腐れの無いよう殺してしまうより、そのような足止めをする方が実は難しいのだと、
毎度当たっているこの難儀な好敵手さんに手古摺るたび、腹の底から思い知らされる。

「今日という今日は大人しく屠られよっ。」
「…っ。」

焔に照らされてもなお、その深い漆黒は褪せもしないまま。
腹の底からの怒号と共に、幾十もの鋭い槍状の黒獣が疾風の如く飛び出してきたのを、

「この…っ。」

虎の異能を降ろした脚で間合いよく床を蹴って俊敏に躱す敦で。
天井が高い構造で助かったが、
その天井からも建材が予兆なしに焼け落ちてくる、まさに修羅場という舞台であり。
勘よくそれらを避けておれば、その足元へとやはり鋭い剣の如く
黒獣での攻勢が仕掛けられてくる。

 「またも逃げ回るつもりか、芸無しめ。」
 「う…。」

一瞬でも気を抜けばその身を貫かれる相手。
手加減なんて出来ようがない今、全力で当たって薙ぎ倒して丁度いいのだが、
それはそれで実力差が歴然としているのだと思い知らされて辛い。
そういう組織だといえばそれまでだが、
狂気もおびぬままの冷静に、人へと凶刃を振るうことへの躊躇いがないところ、
どのような強靱な英断もって為しているのかと、

 心無い狂犬とならねば生き残れはしなかったのだろうか

自分だってそうそう恵まれてはいない、卑屈な育ちの人間ゆえに、
決して驕りや同情ではないけれど。
人道だの慈愛だの、甘いことを言っていては到底生き残れぬ
そうならざるを得なかった相手の境遇を想えば それもまた胸が焼けるほどに腹立たしい。
中也といい、もしかせずとも太宰や鏡花といい、
どうしてそんな修羅の道にと恨めしく思うが、

 “それでも…っ。”

卑しくも呑まれてはいない、
譲れない矜持があると、その目を曇らせてまではいない彼らでもあることを知っている。
強靱にして揺るがぬ眼差しの礎は、清らではないにせよ強固で歪みの無いものであり。
なればこそ、こちらも姑息な騙し討ちなぞ構えられない、
真っ向勝負で挑みかかる他はない相手なのであり。

 “今回ばかりは…。”

最初の一陣からこそ逃れはしたが、
お互い、ただでは済みそうにないかも知れないと、
この密閉空間での対峙に緊張の糸がギリギリと絞られ始めていたところへ、

 「敦くん。」

その後背から、崩れ落ちる建材の物音にも掻き消えぬ声が掛けられる。
一旦左右に分かれて探索中だった太宰が、足止めされていた敦に追いついて来たらしく、
手元の端末で収拾した現状の下なのだろう、低められた声で指示を出す。

「敦くんは最上階へ向かっておくれ。中也が支社長を追ってる。」

この任務でまずは押さえねばならないのが、支社長という人物の身柄だ。
彼らが為してきた悪事の証人でもあるし、ポートマフィアとの関係を証言させねばならない要でもあって。
そんな人物がマフィア側の作戦主事だろう中也に捕らえられては、
十中八九 殺されてしまおうから、こちらの立場も蹴倒されたようなもの。

「は、はいっ。」

自分たちの面子などより、あの人の手をこれ以上の血に染めたくはないと。
ぎりりと奥歯を噛みしめると、
その身のうちに高めていた闘志をますますと絞り込み、
睨み据えたは立ち塞がる芥川の頭上の空間。
勿論、それは相手も予期していたようで、少年が足へと貯めたバネをぐんと一蹴りに載せて開放するや、
その身を真っ向から貫かんとする刃を しなうように繰り出したものの、
此方からも真っ向から、その腕伸ばして剛健な爪をむき出しにした虎の少年、
眉間を狙う漆黒の刃を垂れ込める焔の炎気ごと ざくりと薙ぎ払う雄々しさよ。

 「哈っ!」

ただ裂かれたごときなら、そこから残る外套を枝分かれさせて執拗に追いも出来たが、
宿らせた異能ごと粉砕されてはそれも叶わず。
切り落とされた生地の断片を踏み越え、
目にも留まらぬ疾走で、宿敵を越えて上階へと向かう。
そんな少年を二人して見送ったが、

「人虎を中原さんへあたらせるとは、太宰さんも酷いことをなさいますね。」

両の手を外套の衣嚢に入れたまま、痩躯を弓なりに立てている姿勢は変わらない。
淡々とした口調で紡ぐ青年へ、

「そうかな。私は最適解を通したまでだ。」

こちらは砂色の外套の裳裾を、焔が織りなす旋風に撒かせつつ、
平然とした語を返して見せて。

「人虎の異能が重力操作に勝るとは思えませぬ。
 むしろ“異能無効化”の方が有利でしょうに、
 双方ともに、直接の事案以上に相手のことを思って手をこまねくとでも?」

 その場合、どっちに転んでも双方とも傷つくのは明らかではないかと、
 暗にその非道な手並みを詰った芥川だったのへ、

「そんな背景付帯もなくはないが。」
「??」
「このあと、キミと敦くんとがぎこちない間柄になる方が辛いのでね。」
「な…。//////」

それは妖艶、華やかな美貌というのではなく、
知的に精緻な整いようの風貌をした青年であり。
端正が過ぎてともすりゃあ危なっかしいほどなところが絶妙な影となり。
そこへ、一応は男としての精悍さも備わった頼もしい四肢と、
実は強かな智謀が支える芯の強さが相俟って、
結果、どこか謎めいた陰のある存在に仕上がった美しい知将殿。

「さて、キミには宿題を課したはずだよね。
 異能に頼る身のキミ、異能無効化とはどう対峙する?」

同じ組織に所属し、手づからしごいていた頃は容赦のない厳しさで当たったし、
そうした方が延びる子だと見抜いてもいた。
なまじ甘やかして育てても、そこで納得し、立ち止まってしまおう。
次は次はと新たな段階をいちいち手招いてやらねば進めない。
何せ先を知らぬのだから仕方がないが、それでは到底、厳しい裏社会では生き残れない。
期待外れだ、役に立たないと始終罵倒され、屈辱に腹を焼きつつ顔を上げる根性を促成し、
実際、やや通り一遍な仕事しか出来ないところへ
何とか要領というものを文字通り“叩き”込むのも兼ねて、
同じことを何度言わせるのだと冷ややかに接し、その実、
結構 懇切丁寧にも何度も何度も同じ叱責を降らせて育てた秘蔵っ子は、
防御の楯も身につけたし、今では斬るだけじゃあなく
貫く、四方から取り囲む、縛り上げるなどなど、黒獣の使いようもずんと器用になっている。
終いにはパワードスーツのように身にまとうという応用まで果たしており、
何この子、ちゃんと賢かったんだねぇと、つれない態度の陰で内心ではワクワクさせられたものだ。
それとは別に、潜入捜査も手掛けられるようになっており、一通りの作法やそれを優美に繰り出す所作事も完璧で。

 “まあその辺りは中也が仕込んだのだろなぁ。”

そうと思えば業腹だったが、
いいもん、私には可愛い敦くんが居るもん、無垢な子だから一杯の初めてを躾けできるもんと、
今では芥川のほうではなく中也のほうを苛つかせるほどの
甘い甘い溺愛っぷりを披露しているのは…余談もいいところなのでそれはさておき。

 “甘やかしたいのはやまやまだが。”

任務中は話は別。それは向こうも同じだろう。
一人前と思われているからこそ、叩き伏してやろうという本気になるのであり。
手加減や懐柔などもってのほかだ。

 「さあ、お手並み拝見と行こうかな?」



 to be continued. (18.04.28.〜)





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      *背景には『月とサカナ』様から素材をお借りしました


 *なんかダラダラと長くなってすみませんねぇ。
  しかも結構重いというかキツイというか…。
  こんな序盤からこの重さで、いいのか この先。